「外人さん」という言葉について

一昔前にさぁ

日本人はすぐ「外人は?」とか「外国人は?」って言い方をするけどよくない。
島国根性でムラ社会的で排他主義でよくない。
もう国際社会なのにいつまでも鎖国気分じゃいけない。

っていう日本人批判がはやりませんでした?
でも、それほど悪い概念かなぁ、「外国人-日本人」という分類認識って。

アメリカ人もフランス人もガーナ人もイラン人も中国人もインド人もユダヤ人も、全部ひっくるめて

「がいじんさん」

て呼んじゃう感覚。
私はこの感覚は誇ってもいいんじゃないかと思う。
先進国の人だから敬うけど発展途上国の人だから軽蔑する、なんていう人種差別的な感覚がここにはない。
「がいじんさん」て言葉には、全ての異国の人に対する、子供みたいに純粋な好奇心と愛着に満ちた興味を感じる。
そして、その「がいじんさん」が日本人とまったく違うとこがあったとしても「異国の人だからしょうがない」と、その違いを当然のものとして認める意思がある。
日本の常識を「正しい」と思い込んで押し付けたりしない。

実はこの「外国人」て感覚こそが、日本がアジアの小国でありながら先進諸国入りできた力の根底にあったものじゃないかな。

見たこともないような武器や技術を持つ西洋人を鬼神のように恐れるのではなく、あくまで単なる「ほかのくにのひと」と捉えた。
自分より優れてるわけでもなく、劣っているわけでもない、ただの違う国の人。
違う、ということは優劣ではない。

だから追いつけるはず。

そうして実際、追いついた。


日本人の前では、どの国の人であろうと「外人」という一つのカテゴリーに分類される。
言い換えると、全ての国の人が日本人にとっては「対等」である。
日本人も、外国人と対等である。
(・・・「がいじんさん」て言われて怒る外人さんの中には、他国人や日本人ごときと対等に扱われることへの憤りが根底にある人もいるかもしれない・・・)


そして互いに外国人である私たちは、互いに独自の習慣を持って生活している。

それはどちらが正しいわけでもなく、どっちも「がいじん」なんだから仕方の無いことなんである。

この、理知的でやさしい相対主義って日本人らしいなって思いません?

「がいじんさん」ていう概念は決して恥じるものじゃない。

蛇足になるけれど、私が行き過ぎたネトウヨさんを嫌う理由のひとつは、その言動の多くが私の思う「日本人像」とかけ離れているところなのかもしれません・・・
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