アメリカン・イディオット

アメリカンイディオットのミュージカル見てきました。
グリーンデイの「アメリカンイディオット」というアルバム自体が非常にコンセプチュアルでストーリー仕立ての作品で、それをヴィジュアル化したらなるほどこうなるな、というそんなミュージカルでした。

アメリカンイディオットというアルバムは、911からのイラク戦争を経験したアメリカ人としてアメリカという国と真正面から対峙したアルバムです。
そのスタンスは反ブッシュであり、反戦です。

私はアメリカ人ではありませんが、このミュージカルから日本人が学ぶべきことも多いなと思いました。
国家と国民、という関係性は現代社会に生きる多くの人が普遍的に持つものです。
アメリカと言う国を舞台にしながらも、テーマは実に普遍的です。

それにつけても、一人のアメリカ人がここまでイラク戦争について真剣に考えていた時に、日本人が何をしていたか覚えていますか?

イラクで人質になった日本人を叩きまくってたんです。
どういうギャグなんだろうね一体ね。
叩かれる理由の一つには「彼らはイラクへの自衛隊派兵に反対している。だから反日日本人だ」という気違いみたいな理由がありました。
イラクで自衛隊が行った行為は現地の人達に賞賛されました。自衛隊のイラク派遣は結果的には「良いこと」でした。

でも、「イラクへの自衛隊派遣に反対している」という理由で人を非国民だの反日だの批判するのは、おかしいです。

グリーンデイはブッシュを批判しました。アメリカのイラク戦争を批判しました。

果たしてグリーンデイのビリー・ジョーは反米アメリカ人でしょうか?
愛国心のかけらもない、非国民アメリカ人でしょうか?


んなわけねえだろ!!!!!

あのアルバムを聴けばわかります、彼がどれだけアメリカと言う国を愛しているのか。
愛国心がなければ、あれほど真剣に、真面目に、一国民として国家と対峙することなどできません。
そしてアルバムが全米で大ヒットし、ミュージカル化されるなんてこともないでしょう。

どうか日本人も、もう二度とやらないでほしい、「国の方針(自衛隊派遣)に反対しているから」という理由でその人を「反日だ」と批判するのは。
そうだ最近の流行は「反原発は反日左翼だ」らしいね。
まだやってんの、まだそんななの?

成長しろよいい加減。

っていうかあのとき日本人がするべきことは、気が狂ったように三人の個人を叩きまくることじゃなかったはずだ。
それより大事なことがあったんじゃないの?
せめて同盟国として、イラク戦争の是非について真面目に考えてもよかったんじゃないの?
見ず知らずの一個人がいい奴か悪い奴か延々と議論するより、よっぽど議論する価値のあることなんじゃないのかね、イラク戦争の是非とかそーいうの。
(これは南相馬市在住の女性が自身の体調不良をブログに書いた時に、その女性の個人情報について真偽不確かな内容を書き連ねる人が続出したあの事象に似ている。一個人がいい奴か悪い奴か延々と議論するより、もっとうんと大事なことがあるんじゃないの?)

あの時分、世界中の人達が一生懸命、イラク戦争の是非について考えていた。
アメリカ人も考えた。ヨーロッパ人も考えた。中東の人たちも考えた。

一方で日本人は、自己責任論のことを、ただただ考えていた。


さてミュージカルの話に戻りますが、政治的なテーマだけではありません。
男子の成長物語でもあるし、切ない失恋物語でもあります(笑)

このミュージカルは、男子が見たほうがきっとぐっとくる。

閉塞した日常に苛立って都会に出て
都会でできたイカした友達に心酔する。どうイカしてるかっていうと、田舎者の主人公にドラッグを教えてくれて女を教えてくれる。

でも大好きな彼女に愛想を尽かされて、それを後からうーんと後悔。とっても後悔。
でも彼女はもう戻らない。どこかの男と結婚でもしてるかな。

アメリカの普通男子の日常と、アメリカがイラクでやっている戦争。
その両者が交錯する。

つってもセリフは非常に少なくて、グリーンデイの歌を歌ってばっかで基本内容激うすですw
でもびしばし心にダイレクトに伝わってくるんだ、アメリカと言う特殊な国で生きる国民としての苦悩

アメリカ人、がんばってる。私はアメリカと言う国はあまり好きでないけれど、アメリカ人は好きです。
だってこんなアルバムを世に出し、こんなミュージカルを公演することができるんだもの。

アメリカ人はがんばっている、自由のために。必死に。

民主主義は壊れやすい。だから戦い続けなければいけない。
国民の自由はこのようにして必死に勝ち取るものなのだ。

日本人はビリー・ジョーというこのアメリカ人、ただ一人のパンク野郎のように、自由のためにこれ程必死に、これ程孤独に、これ程勇敢になれるだろうか?

そんなアメリカンなミュージカルでした。












●人質バッシング問題に関しては以下の記事が非常に分かりやすいです。「公」とはなにか?目から鱗です。全日本人、必読。

http://mudaimudai.exblog.jp/2572626/

アメリカでは、「公」(public)の領域(public sector)ってのは公的機関(官)だけを意味するのではなく、NGOやボランティアやなども含むと。官以外のパブリックな活動が軽視されることはないと。寄付に対する税控除とかにもあらわれてる。税金を官に払う替わりに、自分の期待する公の活動をしている団体に寄付してもいい。

日本では「パブリック=会社や役所」で、それ以外の活動は全部「私的趣味」みたいな領域になっちゃってると。「公」と「私」の概念が欧米と逆になっていると。欧米だったら、私的に、自発的にやる活動が「公」であって、自己の利益(給与のための仕事や利潤追求の企業活動)のための活動こそが「私」だと。

だから、もし今回被害に会ったのが会社の仕事で現地にいた人だったら、同情があつまっただろうけど、そうじゃない、「私的趣味」でのこのこ行った奴なんか、助けたり同情する必要なんてねーだろ、ってことになったのではと。

でも、「企業活動」なんてのは「企業の私的利潤追求活動」に過ぎないわけで、「国家活動」も「国家の国益追求活動」に過ぎないんだから、それこそが「私的趣味」だと。本当の「パブリック」ってもんは、自分がどこの会社の社員だとか、どこの国の国民だとか、そういった属性を全部とっぱらって思考したときにこそ立ち上がるもんだと。



●ちなみに私は当時の自己責任論の嵐に非常な違和感を感じ、同時にそのような違和感を感じている人間が少ないことに非常な孤独と恐怖を感じていたが、海外メディアの報道にほっとさせられた、という経緯があるのでここに引用したい。

パウエル米国務長官は16日に放映されたJNNのインタビューで、イラクで人質になっていた3人について『イラクの人々のために、危険を冒して現地入りする市民がいることを、日本は誇りに思うべきだ』と語り、『危険地域に入るリスクを理解しなければならないが、そのリスクを誰も引き受けなくなれば、世界は前に進まなくなってしまう。彼らが危険を冒して人質になっても、責めて良いわけではない。私たちには安全回復のため、全力を尽くし、それに深い配慮を払う義務がある』と人質たたきへの違和感を表明した。

23 日付のニューヨーク・タイムズ紙は東京発の一面記事で「解放された 3 人は黄色い
リボンに温かく包まれるどころか、国民の冷たい視線にさらされた」と記述。パウエル
米国務長官の『危険を恐れない国民がいることを日本人は誇りに思うべき』との発言を
引用して日本の反応に異議を唱えた。さらに「3 人は OKAMI にたてついたために、罪
人にされた」とバッシングを分析、高度に洗練された日本都市の深層に「旧弊な社会構造」
が潜んでいると捉えている(3)
。またロサンゼルス・タイムズ紙は「敵意の渦中への帰還」
の見出しで特集し、小泉純一郎首相が人質たちを「自己責任論を振りかざして非難した」
と報道。カナダの人道援助活動家の人質が地元で温かい歓迎を受けた例と比較した。
米フォーブズ誌アジア太平洋支局長のベンジャミン・フルフォード氏は、立教大学で
開かれた座談会で、日本の「自己責任論」を「きわめて異質で、世界の常識から外れた
議論。いまだに理解できない」と述べ、「日本人の『族意識』や集団主義が問題では」
と指摘した。「自己責任イコール当たり前」と捉える西側的認識から考えると、議論に
なるということ自体に「違和感」を感じるという。

イラク戦争に反対し、派兵もしていないフランスでは、4 月 17 日付ル・モンド紙が「日本 高揚
する人道主義」と題して「自己主張がなくとらえどころがない若者が多い中で、人質の
3 人のように社会に貢献する若者もいる」と紹介。20 日付では、政府・与党内で「自己
責任論」が台頭していると報じた(5)
。「日本人は人道主義に駆り立てられた若者を誇る
べきなのに、政府や保守系メディアは人質の無責任さをこき下ろすことにきゅうきゅう
としている」と批判し、解放後の人質が「イラクで仕事を続けたい」と発言したことを
きっかけに、「日本政府と保守系メディアに無理解と怒号が沸き起こった」と指摘。「こ
の慎みのなさは制裁まで伴っている」とし、「人質家族に謝罪を要求」した上に、健康
診断や帰国費用の負担を求めたと批判した。また「人質たちの行動は、死刑制度や難民
認定などで国際的に決してよくない日本のイメージを高めた」と評価、ここでもパウエ
ル発言が引用されている。

4 月 15 日付の南ドイツ新聞は「誘拐された日本人家族に口かせ」と報じ、ヘンリック・
ボルク東京特派員は、「自己責任論」が自衛隊駐留への国民の疑問やわだかまりを覆い
隠すために使われているようにみえると指摘。外務省の退避勧告についても「危険に関
する判断は、ジャーナリスト、非政府組織関係者、外交官など個人で異なる。すべての
個人が渡航すべきでないとの考えは奇妙」とし、「事件の被害者を非難することで、政
権に都合の悪い自衛隊派遣問題の責任回避を図っているのではないか」と分析した(7)

一方、拉致された 4 人のうち 1 人が殺され、その死を「英雄」と呼んだイタリアでは、
ANSA通信が日本の人質状況を「批判と冷淡さ」と題して報じた。20日付のイル・マニフェ
スト紙は、3 人が「政府寄りでなく無垢な平和主義者」であるために、「メディアや政府
が彼らを虐殺しようとしているのだ」と強く批判し、週刊新潮や夕刊フジ等のプライバ
シーにまで立ち入った「非難」を紹介。もしも 3 人の「傲慢な厄介者」が政府の言う通
りに演じていれば、1人約4000ユーロとされる身代金を日本政府は喜んで払っただろう、
と報じた。同紙のピオ・デミリア極東特派員は、立教大学での座談会で「ボランタリー
で尊敬に値し、“良い日本人” である彼らをなぜ非国民扱いするのか。『自己責任』はむ
しろ小泉総理に問うべきだ」と強い「違和感」を訴えている。

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コメント

自由…

アメリカ人ってなんだかんだで「危険を冒してでも人様のお役に立つ」っていうのを凄く尊敬しますよね。
たとえば消防士とか。もうヒーロー扱いらしいですし。

…んー。
確かに当時日本中が人質さんたちのことを非難してた記憶があります。
ていうか私も当時、ぶっちゃけ「てめーでリスクを引き受けたんだから、てめーのせいだ(自己責任)」なのだと思っていました。
わざわざ自分で選んで、わざわざ命の危険のある、どう見ても危ない場所へ、自分から行ったという、そこがポイントだと。
で、余りにも世間とかマスコミとかネットとかで言われていたので、「何かおかしいなー」ってところにまで気が回りませんでした。(オハズカシイ)

お上にたてついたから、というのも一部の人たちには理由として十分なんだろうと思いますが、世間が何であんなに「自己責任!」と言いたがったのか…?
私の拙い深夜の脳みそで考えてみるに、
「ワイドショーに口挟むオバハン根性」
これが近いんだろうと思いました。
自分とは何の接点も無い人物のことを、第3者目線で好き勝手にコメントしちゃう。
どうしてわざわざ危険を冒してまで行かなきゃならなかったのか、それがお仕事って訳でもなかろうに、っていう「ボランティアの意味を理解しづらい」気持ち。
「ホラ、危ないところには近づいちゃ駄目っていうでしょー?だからよ。」っていう、身近な危険と無意識に比べて、知ってる範囲内だけで考える事の危うさ。

…なんか、そんな気がしました。
心の底では、皆何かしらこの事象について「納得したい」。
もやもやを晴らしたい。
でも訳が分からない。
そうだ!「自己責任」だ!
その人自身の行動が招いた結果なのだ!
うかつな行動が大事件を引き起こしたのだ!
…そして思考停止。
あとは被害者を叩いてスッキリ(怖いですが。)

…という図式が浮かびましたが、いかがでしょうか。
よく、他の事件でもこういう反応を見ることが多いかも知れませんが…どうなんでしょう。

無理解ゆえの叩き。

暴走危険文書にようこそw

人気ブログならば炎上必至的暴走危険文書(?)を真面目に読んで下さってレスもいただきありがとうございます!
一日3アクセスブログで本当によかった!!

>アメリカ人ってなんだかんだで「危険を冒してでも人様のお役に立つ」っていうのを凄く尊敬しますよね。
>たとえば消防士とか。もうヒーロー扱いらしいですし

日本人が「人助けのために危険を冒す他人」に怒り狂うのと正反対ですねw
「危険を冒す」行為、イラクの人達の立場で考えれば

「日本政府から危険だから行くなと言われている、我々の国。
でもこの日本人ボランティアは、私人という立場でありながら我々を見捨てずに、我々のために何かしたいと来てくれた。
この日本人ジャーナリストは、我々のおかれた状況と真実を世界に伝えるために、この危険な国に来てくれた」

こんな風に思ってもらえるのではないか、という気がします
高遠さんが「またイラクに行きたい」と発言した言葉は、日本では批判をもって伝えられましたが、イラクでは感動をもって伝えられたそうです。

「イラクのために来てくれて、悪いイラク人によって拘束されたのに、この人はまだイラクを見捨てようとはしていない」

という感覚でしょうか。

なにか日本人は、危険を冒す目的のことについては考えず、<危険を冒す=悪いこと>というただその一点で思考停止してしまっていたというような感じがします。あるいは目的についても、自衛隊派遣に反対の立場だから「反日行為」認定w

もっと国民ひとりひとりが、イラクの人たちのことを考えてもよかったのに。自衛隊の人達におまかせで、後はどうでもいい、イラクなんてどうでもいい。
でももうちょっとだけ、ほんの少しだけでも、イラクの人たちのことを考えてもよかったのに。

ttp://www.peace-forum.com/iraq/iraqwatch073.html
高遠さん、約束通りイラク再訪しています。
日本で叩かれたようにイラクでも叩かれ、嫌われていたのだとしたら、決して「現地部族長の招きで再訪」なんてできなくはないですか?
イラク人は、三馬鹿叩き日本人と高遠さん、果たしてどっちに好感を持つだろう?

>「ワイドショーに口挟むオバハン根性」

人質バッシングの分析、すごく納得できました!
まさにこれに尽きるんでしょうね。
バッシングの流れ、困ったことに一見、筋が通ってるんです。
そして実にシンプルで分かりやすい。
この分かりやすさを前にして、
「公とは何か?ボランティアとは?ジャーナリズムとは?国際協力とは?
正義とは?」
そんなめんどくさいことについて突き詰めて考えるなんて面倒ですし、だからあのシンプルな論調が日本を席巻してしまったんでしょう。

>よく、他の事件でもこういう反応を見ることが多いかも知れませんが

性犯罪なんて真っ先に被害者の落ち度探しから始まりますもんねw
「暗い夜道を歩いていて刺された」だったら誰もが同情するけど
「暗い夜道を歩いていて強姦された」だったら、多くの人が頭に血が上って必死こいて被害者を叩きまくる。「暗い夜道を歩いていたら強姦されて当然だ!道は昼間だけ歩け!」と言ってるとしか解釈出来ないようなことを多くの人が言います。
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